子子子子日記 -koneko no nikki-

どうぞいらっしゃいませ!本サイトは日本のライトノベル作家、子子子子 子子子のブログです。著作やお仕事の宣伝や、日常の他愛のないことを書いています。

2019年 『魔術破りのリベンジ・マギア』バレンタインSS

2019年 『魔術破りのリベンジ・マギア』バレンタインSS

 

 


 時は二月の某日。
 セイレム魔女学園ではいつものように、現代魔女術の講義が行われていた。
 そんな日常がつつがなく終え放課後になると、彼女――
 フランセス・フィッツロイは、とある人物を呼び出していた。

「ティチュさん! 実はお願いがありますの……!」
「ど、どうしたんですかフランさん!?」

 フランが開口一番にそう告げると、彼女――
 ティチュ・マレフィキウムは、鬼気迫る剣幕にたじろぎながら何事かと尋ねた。
 
「実は――わたくしに……チョコレートの作り方を教えて頂けないかしら?」
「えっと……チョコの作り方、ですか?」

 

 フランが真剣な面持ちのまま続けると、ティチュはその言葉を反芻してしまう。
 今日はフランに大事な用があると呼び出されて来たが、いまいち状況が飲み込めていなかった。

「その……もうじき、バレンタインの季節でしょう?」
「バレンタイン……なるほど、そういうことだったんですねっ」

 そっと視線を逸らして、気恥ずかしげに答えるフラン。
 ティチュはようやく事情を把握し、にっこりと笑いかけた。

「フランさんは、どなたかにチョコを渡したいんですよね?」
「ええ……最初はキャドバリー社のチョコレートボックスでも取り寄せようと思ったのですけれど――」

 ティチュがそのまま尋ねると、フランは頬を紅く染めながら言葉を続ける。

「ですが……やはり、その、今回は……わたくしの手作りを贈りたい、と思いましたの。でも、今までチョコレートなんて作ったことがなくて。だから、ティチュさんに相談してのですわ」

 もじもじとしながらも、ここまでの経緯をかいつまんで説明する。
 フィッツロイ家にいた頃は料理など身の回りのことは、いつもレーレやラーラなどの使用人がしてくれていた。
 だからこの魔女学園へ来るまでは、料理はおろか製菓の経験すらなかったのだった。

「ティチュさんの料理の腕は、かねてから存じていますわ。だからきっと、チョコレートの作り方も熟知していると考えましたの」
「あはは、そこまでに褒めてもらうと嬉しいですが、少し照れちゃいます」
 ティチュの調理の腕前に関しては、実際にフランも料理を食べて思い知っている。
 だからこそこうして、教えを請おうとしているのだった。

「なるほど……その人はフランさんにとって、大切な人なんですねっ!」
「え、えぇ!? お、お待ちになって! その、確かに……あの方はわたくしにとって、親友で……だけど、それだけではなくて――」

 そんなフランを見て、ティチュは確信を持って断言する。
 予想外の言葉にフランは慌てふためくが、

「だって――今のフランさん、とっても素敵な顔をしてます。相手の人だって、そんな笑顔で用意したくれたものなら、どんな贈り物だって嬉しいはずですっ」
「――――」

 ニコニコと微笑みながら続けるティチュ。
 フランはハッとしたような顔になって、今度こそ自身の気持ちは偽ることなく答えた。
「そうでしたわね……バレンタインは、感謝の気持ちを示す日ですもの。わたくしはあの方に、感謝しても仕切れない恩がありますわ。だから少しでも、わたくしの気持ちが伝わるように……そんな贈り物を用意したいのですわ」

 フラン自身、この胸に渦巻く気持ちがなんであるのか?
 正確なところは分からない。
 身を焦がすような愛情であったり、胸を温めるような友愛であったり、視界を輝かせる敬愛であったり――
 これら全ての感情に対して、一概に答えを出すことはできない。

 しかし――それでも、この気持ちをカタチにしたいと思った。
 だから市販品でなく、手間暇をかけた手作りを選んだのだろう。
 たとえ上手く出来るという保証がなくとも、〝彼〟のためにやれることをやってみたい――
 それが今、フランセス・フィッツロイの抱いている嘘偽りのない想い(答え)なのだ。

「分かりましたっ、私なんかでよければお任せください!」
「本当に大丈夫ですの? その、わたくし……あまり料理の経験とか、ありませんし……」

 フランの気持ちを聞き届けると、ティチュは満面の笑みで首肯する。
 しかし、今さらになって少し自信がなくなったのか、フランは表情を陰らせてしまった。

「大丈夫ですよっ。レシピを間違わなければ、お菓子作りは上手くいきます! それに――フランさんは、料理に一番大切なものが何かって分かりますか?」 
「一番大切なもの、ですの?」

 笑顔のままティチュが問うと、フランは呆気に取られたような顔になる。

「それはですね――料理を食べてもらう人に、美味しいなって思ってもらいたいっていう気持ちなんです。だから……大丈夫ですよ、フランさん」

 そう付け加えて、ティチュは「ね?」と笑いかける。
 するとフランに二の足を踏ませていた不安は一気に消え、代わりに胸が温かくなっていった。

「ええ、そうですわね――その気持ちだけでしたら、きっと誰にも負けませんわっ!」

 晴れ晴れとした笑顔で、フランは答える。
 ティチュの言葉が本当ならば、今の自分には怖いものなどないのだから。

 こうしてバレンタイン前日まで、ティチュとフランの特訓は続くのだった。

 

 

 

 そして、ついに迎えたバレンタイン当日。
 フランセス・フィッツロイの姿は、とある空き教室にあった。 

「大丈夫、大丈夫ですわ……チョコレートも上手く出来ましたし、ラッピングだって趣向を凝らしたのですもの。きっと上手くいく……はず、ですわ」

 その手に持っているのは、包み紙とリボンで綺麗にラッピングされたチョコ。
 何度も試作を重ね、最終的に納得のいく出来映えになった自信作である。
 試食に協力してくれたティチュだって「美味しいですっ!」と太鼓判を押してくれた。
 だから、なんの心配も要らないはずだ。
 あとはこの場所まで呼び出した相手に、このチョコを渡すだけでいい。

「本当に……喜んでくださるかしら?」

 だけど――時間の経過と共に、不安は募っていく。
 この数秒数分がまるで一生であるかのように感じられ、このまま逃げ出してしまいたい衝動に駆られる。
 しかし、ここで逃げ出すわけにはいかない。
 確かに不安ではあるが、それ以上にこのチョコを渡した時に喜んでくれる顔を想像したら――
 そう考えただけで、フランはまだ頑張ることができた。

「悪い、待たせたか?」

 不意にドアが開くと、聞き慣れた声が室内に響く。
 そこに現れたのはフランの待ち人――土御門晴栄(つちみかどはるな)だった。

「い、いいえ! わたくしも、来たばかりですわ……!!」
「本当か? なら、いいのだが……」

 フランは強張った顔で、ぎこちなく言葉を返す。
 晴栄はそんなフランの顔を見ると、小首を傾げながら歩み寄ってくる。

「本日は急に呼び出して申し訳ありませんわ」
「いや、構わない。ちょうど学園にも用事があったしな」

 緊張するフランとは対照的に、普段と変わらぬ様子の晴栄。
 背中に隠したチョコを握る手に力を込め、意を決して話を切り出した。

「その……ハルナは今日がなんの日かご存じかしら?」
「今日? ああ……そういえば、どこぞの聖人の誕生日だったか」

 フランが固唾を呑んで問うと、晴栄は思い出したように答える。

「実はその日はバレンタインデーといって、〝友人〟に贈り物などをする日なのですが――」
「おいおい、それくらいは知っているぞ? いくら僕が極東人とは言ってもな……」

 晴栄は言葉の途中にハッとすると、ようやくフランが自分を呼び出した理由に思い至る。
 「こ、これを――受け取って、くださいます……!?」

 背中に隠していたチョコを胸の前へ持ってくると、フランはそれを勢いよく差し出す。
 ギュッと目を瞑っているため晴栄がどんな顔をしているのかは分からず、その手は小刻みに震えていた。

「――ありがとう。嬉しいよ、フラン」

 手の上にあった重みが消えると同時に、目の前から晴栄の声が聞こえてくる。
 フランがおそるおそる顔を上げると、そこには微笑みを浮かべている晴栄の姿があった。

「まさかこの僕が、バレンタインデーの贈り物をもらうとはな……気の利いた言葉が出てこなくてすまない」
「あっ、でも……そのチョコレートは、わたくしの手作りで……もちろん、ティチュさんにも試食をしてもらったので味の方も大丈夫だとは思いますが、ですが市販のものと比べたらやっぱり味は――」

 目の前で嬉しそうにチョコを抱く晴栄を見ると、思わず胸がいっぱいになる。
 だけど次第にそれが失望に変わることが怖くなって、無意識の内に言い訳めいた言葉を続けてしまった。

「それでも、既にこのチョコは僕のものだ。お前がなんと言おうと、絶対に返してやったりはしないぞ?」

 晴栄は悪戯っぽく笑い、冗談めいた口調で答える。
 予想外の反応に、フランは呆気に取られるが――

「これは僕の初めての〝親友〟がくれたものだ。だから……たとえお前がどんなに不安だろうと、ありがたく召し上がらせてもらう」

 ふっと笑みを零して、晴栄は告げる。
 フランはその表情に、思わず見とれてしまい――

「ありがとう、フラン。僕にとって、今日は最高の一日だ」
「ハルナ……」

 心からの感謝を告げる晴栄を見ると、今日までの全てが報われた心地になる。
 ここまでの努力も、募っていた不安も、全てがこの瞬間のためにあったのだと確信できる。

「ええ、そうですわね。貴方に喜んでもらえて、わたくしも嬉しいですわ!」
「お、おい……嬉しいと言ってるのに、泣くヤツがいるか……」

 フランも心からの笑みを浮かべるが、感極まっているせいか目尻には涙が浮かんでいる。
 晴栄は慌ててハンカチを取り出し、それでフランの涙を拭った。

「えへへ……今日のハルナは優しいですわね」
「〝今日は〟は余計だ。まったく……」

 照れ笑いを浮かべて、晴栄を見遣るフラン。
 その笑顔にこそばゆさを覚えながらも、晴栄はぶっきらぼうに答えた。


 こうしてフランセス・フィッツロイのバレンタインデーは、温かな気持ちと共に過ぎてゆくのだった。

 

〈了〉

 

 

 

 

 

PS.

 

というわけで読者の方からフランセス・フィッツロイ嬢と作者宛にバレンタインデーの贈り物を頂いたので、御礼としてSSを投稿いたしました!

 

 

素敵なブリザードフラワーだけでなく、クッキーやお手紙まで……本当にありがとうございます!!

 

キャラクター宛てにプレゼントを頂いたのは初めてで、フランセスと一緒に作者も喜んでおります。

重ね重ねですが、本当にありがとうございました……!!