【魔女集会で会いましょう】SS 『魔女を殺すもの』
『魔女を殺すもの』
古くから人間たちは魔女を過剰に恐れるが、我々にできることはそう多くない。
死人を蘇らせることもできない。
雨を降らせることもできない。
呪いをかけることもできない。
せいぜい、餌付けした使い魔たちを使役したり、ホウキにまたがって空を飛んだり、それなりに効能がある薬を調合するくらいだとも。
あとは――誰かに殺されるまで、死ねないことくらいだろうか。
私たち魔女の間には、とある言い伝えがある。
『魔女を殺せるのは、いつだって人間だけだ』
悠久の時を生きる魔女にとって、その響きがもたらす終焉はなんと甘美なものだろうか。
永劫に等しい時間を経て、多くの魔女はやがて狂う。
ある魔女は、愛する者と死別して。
ある魔女は、異端だと迫害されて。
ある魔女は、終わりのない生に絶望して。
私は――果たして、どうだったろうか?
分からない。そんなことは忘れてしまった。
しかし、もう終わりにしたかったことだけは確かだ。
だから私は、ひとりの赤子を拾うことにした。
その赤子は、私が住処とする森の小屋の前に捨て置かれていた。
麓の村は数百年ぶりもの凶作らしく、多くの者が餓死寸前という。
そこで森に住まう魔女へ生贄として捧げられたのだろう。
村にはこれ以上、赤子を養う備蓄もないので間引きの意味合いでもあったか。
村人が何を考えていたのか、私には分からない。
しかし、結局のところどうでもよかった。
今まで彼らが私に、何かしてくれたことがあったろうか?
異端なる魔女と迫害され、報復を恐れて関わろうとすることさえなかった。
となれば今さら、彼らへ私が力を貸す義理もないだろう。
餓死するなり、神を呪うなり、私の知らないところで好きにすればいい。
しかし――
小屋の前で泣き喚く赤子を、私は育てることにした。
この赤子が立派に育ち、善良なる心根を宿すようになった時。
「お前の生まれた村は、この魔女が滅ぼしたのだ」
そう告げれば、彼は正義の名の下に私という魔女を滅ぼすだろう。
永劫の時に狂わされた他の魔女のように、この私も終わりが欲しかったのだ。
だがその目的を果たすためにも、成長した赤子がを善良である必要があった。
魔女(わたし)を断罪するために、真っ直ぐに育ってもらうことが必要不可欠だ。
邪悪を許さぬ正義感を持つように。
不義に憤る志を抱くように。
弱きを助け強きを挫く強靱な精神を宿すように。
「おやさい食べたくないよぉ」
駄目だ。好き嫌いはしてはならぬ。
明日からはもう少し、野菜が気にならない調理方法を考えよう。
「見てみて、きれいなちょうちょ! 羽根を飾ってもいい?」
駄目だ。無益な殺生をしてはならぬ。
だが、生き物の美しさに興味を持つのは良いことだ。
あとで図鑑を買ってやろう。
「病気で休んでる友達の分までノートを取ってるけど、自分の勉強もしたいしなぁ……」
駄目だ。人に優しく自分に厳しく在らねばならぬ。
お前の分の勉強は、この私が見てやろう。
「せんせぇは厳しいなぁ」
そして、いつしか少年へと育った彼は、この私を先生と呼ぶようになった。
最初は母などと呼ぼうとしたが、それは全力で却下した。
「でもボク、そんなせんせぇが大好き!」
嗚呼、なんと子育てとは面倒なことか!
魔女であるはずの私は、人間としての規範で在ろうとした。
滑稽だ。
実に、滑稽な話だ。
しかし、これもすべては目的のためと自身に言い聞かせる。
「先生ー! 先生、早く早く!」
今日もまた、少年が私を呼ぶ声が聞こえる。
当初はうっとうしさを感じていたそれも、今では不思議と心地よい響きとなった。
その時、私は気づいてしまった。
永劫の時に飽いていた私は、いつしかこの少年に対して執着を持ち始めていることに。
あれほど焦がれていた終焉が、今では恐ろしくなってしまった。
魔女と違って、人間の寿命には限りがある。
それは即ち、少年はこの私を残して先に死ぬということだ。
当然の摂理であるはずなのに、いつしか私はその事実に耐えられなくなっていた。
「先生……泣いているのですか?」
涙を流す私を見て、彼は慌てて駆け寄ってくる。
「お前に先立たれることを考えると、胸が張り裂けそうになる」
そう言うと、彼は私を抱きしめる。
「大丈夫ですよ、先生」
優しい声で囁かれると、波濤のように押し寄せていた悲しみが少しずつ凪いでいく。
震える身体を抱くその腕が、たくましい男性のものだと感じる。
「確かに俺は、あなたよりも先に死ぬのかもしれない。だけど――」
頼りなかった少年はいつしか、立派な青年へと成長を遂げていた。
あの日、泣き喚いて赤子が、ここまで成長していたことを理解する。
「たとえ死んだとしても、俺はあなたの心に生き続けるんですから」
私を抱きしめる腕の力を強めて、彼は「あなたが忘れない限り、ね」とつけ加える。
嗚呼、なんと残酷なことを言うのだろうか。
永遠の時を生きる私に「忘れるな」と……
それでは狂って死ぬことすら許されない。
しかし、しかし――
その言葉を聞いた瞬間、胸が満たされていく。
その笑顔を見た瞬間、身を苛んでいた寂寥が晴れていく。
その在り方に触れた瞬間、私は言い伝えの意味を理解する。
『魔女を殺せるのは、いつだって人間だけだ』
ああ、そうだとも。
この瞬間、魔女である私は死んだのだ。
今、ここにいるのは、終焉を求める緩慢な自殺志願者ではない。
愛する者に寄りそうことを願い、別離の時に怯えるただの弱い存在だ。
彼が隣にいる限り、私の中の魔女が姿を現すことはないだろう。
いつかそう遠くない未来。
死がふたりを分かつ時……魔女が再び姿を現すのか?
それとも――
おとぎ話の続きが紡がれるのは、果たしていつになることやら
〈了〉
というわけで少し前の話になりますがTwitterで拝見したハッシュタグが素敵だったので、自分もSSを書きましたのでブログの方にも掲載させて頂きました!
#魔女集会で会いましょう
— 九頭さん (@coneshait) 2018年2月8日
このタグで、『魔女が拾った男の子が成長して、魔女よりでかくなって(ごつくてむさくてがっしりしてて)魔女を全力で愛して守る男になる話』の絵を描きますので、誰か描きたい方いらっしゃればこのタグつけて好き勝手に描いてみてください。()内の要素は入れても入れなくても。
素敵なタグだったので、息抜きに少し……
— 子子子子 子子子@のじゃロリおじさんコラボ動画公開中! (@nekojishikoneko) 2018年2月12日
『魔女を殺すもの』
永劫に近い時を生き終焉を望んだ魔女がふとした気まぐれで生贄に捧げられた赤子を拾い育てているうち愛着が湧き、いつしか寿命の差による別離を恐れるようになってしまったというお話です#魔女集会で会いましょう pic.twitter.com/8DicrjKucL
短いお話ですが、少しでも楽しんでもらえたら幸いです。
それでは、今日はここら辺で失礼いたします。